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小さな通信 第8号 1996年6月

隣人を自分のように愛しなさい。

マタイによる福音書 第22章39節
(C)日本聖書協会
この聖書の言葉は、しばしば私どもに愛することを勧めるものとして受け取られます。確かにそうです。しかしそれ以上に大切なことがあります。それはイエス・キリストが生涯にわたって、それを身をもって示されたということです。ですから私ども一人一人が、実はイエス・キリストにとっての隣人であり、愛の対象だということです。イエスは私どもを捕らえている惨めから解放し、祝福された人生を与えるために十字架にかかって下さいました。ここにイエス・キリストの確かな愛があるのです。



交わり

4月。元気な新入生のほほえましい姿が見られる季節である。

しかし、こんな話を聞いた。小学校の先生から聞いた話である。その学校では、一年生が入学してきてからおよそ1ヶ月は、学校にいる時間の半分は教室の外で過ごさせるようにしていた。そうする理由には一年生を1日も早く学校に馴れさせ、親しませるということがあった。また一年生を教室に4時間もとどめておくことが子供達の発達の状態を無視したやり方であり、一年生の教育の内容にもそぐわないと考えたからだ。

ところが近頃担任はこのような野外教育に重荷を感じ始めてきているらしい。外へ連れ出し、遊ばせようとしても、遊びたがらないというのだ。「○○君遊ぼう」という他者への働きかけを教えようにも大変な困難がつきまとうというのである。つまり、担任の働きかけに対して、「どうしようかな」とか「考えてからね」とか「どうして遊ぶ必要があるの」とか「遊びっておもしろいの」といった類の返事が返ってきてしまい担任の教師でさえ、とまどいを覚えるほどだ、というのである。

確かに、これでは「交わり」を教えることはできない。同年齢の子供達が、同じ教室の中に、たくさんいるというのに、一人一人はバラバラの世界を持っているだけになってしまっている。聖書には、「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」とある。その入り口の「交わり」のところでひっかかっている子どもたち。その子どもたちを後ろから「交わり」の世界に押し出す大人の「知恵」が必要だ。
(S.N.)

◆花の日



毎年6月の第2日曜日は「花の日」です。教会に花を持ち寄り礼拝を守ります。日頃お世話になっている交番や消防署に感謝の気持ちをこめて花を届けたり、入院中の方々に早く良くなって下さいとカードを添えて花を届けています。

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